田瀬法律事務所の日記

2012年2月28日 火曜日

首都圏連続男性不審死事件の裁判が佳境に

首都圏で3人の男性を殺害したとして起訴された木嶋佳苗被告人の裁判が被告人質問に入り、メディアは連日この被告人質問の様子を伝えています。
2ちゃんねるを中心とするインターネットの掲示板では、被告人の容姿と犯行を中傷するスレッドが目立ちますが、本筋に関してのスレッドからはほど遠く、被告人の容姿云々は裁判の争点と何の関係もないわけですから、法律家の当方もそのようなことには関心がありません。
法律家の目で、連日報道されている被告人質問の様子(ニュースなどで知りうる範囲でのことですが)から本事件の感想を述べたいと思います。

まず、被告人が連日違った衣装で法廷に登場し、さらに午前と午後とで衣装を変えて登場するなど、これまでの刑事裁判の被告人とは全く異なったタイプの被告人のようです。
そして、被告人は延べ何十人の男性といわゆる愛人契約を結んで多額の金銭を男性から出させ、生活費は150万円以上使っていたことを、法廷で自慢げに語っていると報道されています。
この裁判は裁判員裁判で行われています。
多くの人は、法廷をファッションショーと勘違いしているかのごとき被告人に対し、決して良い印象を持たないと思います。
また、被告人の男性観や男性との交際は、モラルの欠如が甚だしく、俗な言い方をするなら「強欲で淫乱などうしようもない女」という印象を殆どの人に与えるはずです。
そうすると、なぜ裁判員に悪印象を積極的に持たせるような振る舞いをしたり、なぜ嘔吐を覚えるほど酷い性格であることを印象づける必要があるのか、という疑問が涌くのは当然と言えば当然かもしれません。
しかし、これは弁護人の高等戦術であると思います。
つまり、敢えて被告人は常識が欠如し、また貞操観念に極めて乏しい人間であることを積極的にアピールし、同時に複数の男性と交際することは被告人の感覚からすると何でもなく、女性にあまり慣れていない被害者とされる男性は、被告人の言動について行くことが出来ず、被告人の言動に狼狽した挙句、被告人から別れを切り出されて自殺を図ったというストーリーに持って行きたいように思われます。
この事件では、被告人と被害者とされる男性の死を直接結びつける証拠(直接証拠)は一つもなく、検察官は状況証拠の積み上げで被告人の犯罪を立証しなくてはなりません。
被告人の酷い性格を積極的にアピールすることで、女性に慣れていない気の弱い男性なら被告人に振り回され、別れ話を切り出されて自殺することもありえないでもない、という印象を持たせることができれば、まさに弁護人の期待したとおりなのです。
そうすると、6人の裁判員、3人の職業裁判官の合計9名のうちの5名について、このような心証形成をさせれば無罪に持って行けるのではないかと弁護人は見立てていると思います。
但し、この戦術は功を奏して被告人を無罪に導ける可能性はあるものの、危険な戦術かもしれません。
なぜなら、裁判における心証形成は、それを具体的に示す必要がないからです。
このことを事由心証主義といいます。
もちろん、職業裁判官は有罪、無罪いずれかの結論に至った過程を証拠に結びつけて判決文で示す必要がありますが、その作業は職業裁判官であればルーティンワークですので、それほど面倒なことではありません(面倒な事件はその作業に要する時間が多めにかかるだけのことです)。
しかし、裁判員は、直感で目の前の被告人が犯人であると結論付けることができれば、それで構わないのです。
つまり、職業裁判官のように証拠と結論(有罪、無罪)を結びつける作業は不要なのです。
裁判員が求められているのは有罪か無罪かの結論で、有罪の場合はどのくらいの刑を科すのが妥当かという量刑の問題に移ります。
量刑については、職業裁判官が過去の類似の事件の量刑資料などを用意して補足的な説明をしますので、裁判員はその説明などを参考にして自分の判断で量刑を決めれば良いのです。
本事件のように、被告人が犯人であることを指し示す直接的な証拠がないケースであっても、被告人のあまりのモラルの欠如に対し嘔吐を覚えるくらいの嫌悪感を感じ、この人物は社会から消えて欲しいと願う裁判員もいるかもしれません。
そうすると、被告人に対する有罪という結論に至る可能性があります。
このように考えると、現在弁護人が取っている高等戦術は相当危険かもしれません。

いずれにせよ、本件は弁護人の質問が終わった後に行われる検察官の反対尋問で、被告人がボロを出して自爆しない限り、際どい勝負に持ち込まれた格闘技の判定(柔道の旗判定、ボクシングのジャッジの判定)のように思いますので、結論を予想することは大変困難だと思います。

投稿者 田瀬英敏法律事務所(恵比寿の弁護士)

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